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リチウム治療の新たな一歩 ― 妊婦禁忌削除を歓迎して

2026年6月、炭酸リチウム(リーマス)の添付文書から「妊婦禁忌」が削除されました。

  このニュースを、双極性障害(躁うつ病)の診療に長年携わってきた精神科医として大変歓迎しています。

厚生労働省は、双極症(躁うつ病)などの治療薬である炭酸リチウム(製品名:リーマスなど)について、これまで添付文書の「禁忌」に設定されていた「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」を削除する改訂を指示しました。
改訂のポイント
禁忌の解除
治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に限り、投与が可能となりました。
注意喚起の強化: 「妊婦」の項目に、やむを得ない場合を除き原則投与しないこととする記載が追記され、「特定の背景を有する患者に関する注意」が新設されました。
背景: 催奇形性などのリスクがある一方で、妊娠中に本薬を中止することで疾患の再発リスクが著しく高まることや、海外では禁忌とされていない実情がありました。日本精神神経学会などからの要望を受け、国立成育医療研究センター等での検討を経て、禁忌の解除に至りました。
投与の条件: 妊娠する可能性のある女性には、投与前に催奇形性について十分な説明を行う必要があります。また、治療が継続される場合、適切な周産期管理が実施可能な医療施設との連携が求められています。
炭酸リチウムの妊婦禁忌を見直し2026.6

リチウムは1950年代から使用されている歴史ある薬ですが、現在でも双極性障害治療の中心的な薬剤です。躁状態の改善だけでなく、再発予防効果自殺予防効果についても多くの研究でその有効性が示されており、世界中の診療ガイドラインで高く評価されています。

当院でも、双極性障害の患者さんに対してリチウムを積極的に活用してきました。
もちろん、血中濃度の定期的な測定や腎機能・甲状腺機能の確認など、安全管理を徹底したうえで治療を行っています。その結果、多くの患者さんが気分の波を安定させ、仕事や家庭生活を維持できるようになっています。
一部の医療機関でリチウム療法を行っていながら血中濃度確認を怠っているところがあるようで、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は注意喚起しております。 
  
炭酸リチウム投与中の血中濃度測定遵守について
炭酸リチウムによる重篤なリチウム中毒と 血中濃度測定遵守について 2012.4.

これまで課題の一つだったのが妊娠に関する問題でした。

  妊娠可能年齢の女性に双極性障害は少なくなく、妊娠を希望される患者さんも多くいらっしゃいます。しかし「禁忌」という表現があることで、治療継続に大きな不安を抱く方も少なくありませんでした。
今回の改訂は、「妊娠中でも無条件に使用してよい」という意味ではありません。しかし、最新の医学的知見を踏まえ、リスクとベネフィットを総合的に判断できる時代になったことを示しています。実際には、治療を中断することによる病状悪化(再発)リスクが母体や赤ちゃんに与える影響も決して小さくありません。

私は今回の改訂を、「リチウムの危険性がなくなった」という話ではなく、「リチウムの持つ大きな価値が改めて評価された出来事」だと考えています。

これからも当院では、科学的根拠に基づいた適切な血中濃度管理を行いながら、患者さん一人ひとりの人生設計や希望に寄り添った双極性障害治療を提供していきたいと思います。
  

主なガイドラインにおけるリチウムの位置づけ

炭酸リチウム(リーマス)は、世界各国の双極性障害治療ガイドラインで最もエビデンスの豊富な気分安定薬の一つとして位置づけられています。特に「再発予防」「自殺予防効果」において高く評価されています。 

① CANMAT / ISBDガイドライン(2023)
 世界的に引用される双極症治療ガイドラインです。
 ⅰ双極Ⅰ型障害の維持療法:第一選択
 ⅱ躁病エピソード:第一選択
 ⅲ双極性うつ病:第一選択治療の一つ
 ⅳ再発予防:第一選択
特に長期維持療法ではリチウムが中心的薬剤として推奨されています。
​CANMATおよびISBDによる双極性障害治療ガイドライン:概要と2023年版エビデンス更新

 

② National Institute for Health and Care Excellence(NICEガイドライン)
英国の公的ガイドラインです。
 ⅰ双極性障害の長期維持療法ではリチウムを第一に検討
 ⅱ再発予防効果が最も確立された薬剤として推奨
 ⅲ他剤で安定している場合を除き、リチウムを優先的に考慮
NICEでは「リチウムは維持療法の標準治療」とされています。
NICE双極性障害:評価と管理 臨床ガイドライン

 

③ World Federation of Societies of Biological Psychiatry ガイドライン
世界生物学的精神医学会のガイドラインです。
 ⅰ急性躁病:第一選択
 ⅱ維持療法:第一選択
 ⅲ再発予防:最高レベルのエビデンス
リチウムはエビデンスレベルAに分類されています。
WFSBPガイドラインでは、炭酸リチウムは双極性障害治療の中心的薬剤として位置づけられています。

 

④ American Psychiatric Association ガイドライン
米国精神医学会のガイドラインです。
 ⅰ急性躁病治療の中心薬
 ⅱ維持療法の主要薬
 ⅲ自殺予防効果を持つ数少ない薬剤として高く評価
米国精神医学会双極性障害の治療に関する治療ガイドライン

 

⑤ 日本うつ病学会 双極症治療ガイドライン
日本国内でも、
 ⅰ躁状態
 ⅱ維持療法
 ⅲ再発予防 
において推奨度の高い治療薬として位置づけられています。
維持療法(再発予防)の中心的薬剤・かつ躁病エピソード治療の重要な選択肢と評価
日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020
なぜリチウムが高く評価されるのか?

リチウムは数ある気分安定薬の中でも、

✔ 躁状態を改善する
✔ うつ状態への効果も期待できる
✔ 再発予防効果が非常に高い
✔ 自殺リスクを低下させる
✔ 50年以上の使用実績がある

という特徴があります。

特に自殺予防効果については、多くのメタ解析で「リチウム投与群は自殺率が有意に低い」ことが示されており、これは他の気分安定薬にはない大きな特徴です。

最後に

炭酸リチウムは単なる「昔からある薬」ではありません。現在でも世界各国の双極性障害治療ガイドラインで第一選択薬として推奨されており、再発予防自殺予防の両面で最も信頼できる治療薬の一つです。適切な血中濃度管理を行うことで、その恩恵を最大限に生かすことができます。

 

 

 

 

 

 

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